| Takuro Mania > Live2004 |
|
TAKURO & his BIG GROUP with SEO again 〜This precious story - この貴重なる物語〜
-Aug.03,2004 中野サンプラザ |
![]() |
2003年に続き、総勢24名のミュージシャンによるビッグバンドツアー。
吉田拓郎のヒストリーをMCで振り返り、その雰囲気にあった曲で綴る3時間。 8月3日の中野サンプラザ公演、チケットは一般発売されず、 はがき抽選というプラチナチケットとなった。 「LIVE'73」を収録したのが、当時出来たばかりの1973年の中野サンプラザ。 拓郎本人にとっても、ファンにとっても思い入れのある場所なのだ。 しかし2004年はかつてない猛暑。 本人の疲労もピークに達していたのだろう、公演中、事件が… (→写真は7/25デイリースポーツ・つま恋公演、中野の衣装はこれと同じ) |
| スケジュール(全国20公演) | |
| 7月24日(土) | つま恋・エキジビションホール |
| 7月29日(木) | 長野県県民文化会館 |
| 8月3日(火) | 中野サンプラザ |
| 8月15日(日) | 鳥取県立県民文化会館 |
| 8月20日(金) | 神戸国際会館 |
| 8月25日(水) | 神奈川県民ホール |
| 8月29日(日) | 北海道厚生年金会館 |
| 9月4日(土) | 青森市文化会館 |
| 9月10日(金) | 倉敷市民会館 |
| 9月15日(水) | 長崎ブリックホール |
| 9月19日(日) | 大分グランシアタ |
| 9月25日(土) | 香川県県民ホール |
| 10月3日(日) | 名古屋国際会議場・センチュリーホール |
| 10月8日(金) | 大阪フェスティバルホール |
| 10月12日(火) | 福岡サンパレス |
| 10月16日(土) | 大宮ソニックシティ |
| 10月20日(水) | 東京国際フォーラム・ホールA(追加公演) |
| 10月26日(火) | 鹿児島市民文化ホール |
| 10月30日(土) | 沖縄コンベンションセンター・大展示棟 |
| 11月4日(木) | 山梨県民文化ホール(8/7代替公演) |
|
18:15 開場。場内では例年のハワイアンではなく、ギターのインストが流れる。 18:55 ブザーもなく、いきなり『本日はTAKURO & his...にご来場、ありがとうございます。携帯の電源は、切ってください。メールならいいだろうというのも、いけません・・・』と、拓郎本人による場内アナウンス。いつも見られる拓郎コールはほとんど聞かれない。まもなく19:00。 00.清流 →DVDの音源。次第に照明が暗くなり、ミュージシャン登場。 00.人間なんて(inst) 01.あヽ青春 (write松本隆/song吉田拓郎.1975) →イントロで拓郎登場。衣装はつま恋と同じパーカーとブルーのジーンズ。サングラス無。 →1975つま恋、1979篠島、共にオールナイトコンサートの1曲目 02.マークU (write&song吉田拓郎.1971) →1997年アルバム「Minna Daisuki」バージョン 03.僕の人生の今は何章目ぐらいだろう (write&songトータス松本.1998) MC 〜「こんばんは吉田拓郎です。何十年ぶりの中野サンプラザ。しかし当時の記憶がサッパリありません。1970年代、友達の車"トヨペットコロナ"で広島から上京してきた。(ステージ背後に70年代の写真が映写)広島ではロックのバンドをやっていたのだが、東京に来て初任給3万5千円でエレックレコードという通信販売の会社に入ると、お前はフォークをやれということで…。そんなこんなで東京の音楽界は最悪だな、という感じだった。今日は最悪だった時のことを思い浮かべながら…。」 04.結婚しようよ (write&song吉田拓郎.1971) →マンドリン中心の軽いサウンドを70年代風に 05.おやじの唄 (write&song吉田拓郎.1972) MC 〜「僕が東京に出てきた頃、音楽とかテレビとかあらゆる文化が封建的で体質が古くて、大人たちが偉そうで、若者たちがウンザリしていた。それで、若者たちがムーブメントを起こし始めるんだけど。あるテレビ番組に出たら、ある人に散々怒鳴られた。『馬鹿野郎・・・。スターになるなら、岡林信康くらいにちゃんとやってかないと・・・』と。岡林の名前を出されたことで僕の心に火がついた。それが布施明という人なんだけど。それから僕のテレビ、メディア嫌いが始まってしまって。ホントはテレビ大好きで取材も受けたいのに・・・。全部布施さんがいけないんです!さて先日、布施さんの事務所から曲作りの依頼があったんだけど、、、。もちろん、ちゃんと受けますよ!(怒笑)」 06.流星 (write&song吉田拓郎.1979) 07.サマータイムブルースが聴こえる (write松本隆/song吉田拓郎.1982) 08.落陽 (write岡本おさみ/song吉田拓郎.1973) →Am-Emのフレーズから始まる。場内総立ち。盛り上がる。冷房が客の熱気で効かず、汗びっしょり (拓郎後日談より、公演開始後に拓郎の要求で場内の冷房を切ったらしい) MC 〜(客席まだ興奮)「落陽をやるとLIVE'73のサンプラザの雰囲気に戻るね。落陽はLIVE'73で初めて歌ったんだけど、あれから随分長い間歌ってきてるけど、やっぱいい曲だわ。って歌いながら思った」 「1972に初めてツアーをはじめたのだが、それまでは、ニューミュージックの歌手が10組くらい集まって地方で公演したりしてた。で、会場に備え付けの機材を使うので、とてもやりづらい状況だった。「外国の公演を見たことをヒントに、東京でセットを組んで、それをそのまま地方に持って行く、というコンサートツアーのスタイルを始めるようになった。時代的にも少しずつ、若い人たちが力を発揮し始めてきた」 09.君のスピードで (write&song吉田拓郎.1995) 10.恋唄 (write&song吉田拓郎.1978) MC 〜「大体何の場合でも、スタート次第で運命が転がっていくんだな、と思う。70何年だったか、中津川という所のフォークコンサートへ行った。そこでお酒を飲んだのが運命のつきで、PAが飛んじゃってそこで2時間くらい『人間なんて』を歌ったりしてたのだが・・・。その夜、宿舎の近くの森からせみの鳴き声がうるさいので、"顔の上下のよく分からない"小室等に蝉を蹴散らして来いといわれ、石を投げてた」 「そんな自分が今のような自分になるとは思わなかったね。やっぱり運命があるとしたら、運命って思いもしないような方向に進んでいくんだよね」 「金沢のウダツ山相撲場で歌った時。高田渡とか山本コータローとかが"屁"みたいな曲を歌ってるのに、客は喜ぶ。でも売れるようになって自分がトリに出る(トリをとれるようになるのもひとつの才能が・・・)と、客から『帰れ!』コールの野次が盛んに起こった。帰りたきゃ自分が帰ればいいのにねぇ、わざわざ金払って『帰れ!』って言いに来てんだから。変な時代だった」 「メディアともよく戦った。よくやったなぁ。あいつらは本当に嫌な奴らだった!」 11.どうしてこんなに悲しいんだろう (write&song吉田拓郎.1971) 12.家へ帰ろう (write&song吉田拓郎.2002) →こんなに腹に圧力かけていいのか?ってくらいにシャウトしてる。これがこの後起こる"事件"の引き金・・・? MC 〜(息が切れて、ハァーハァー言ってる) →「あぁ『家へ帰ろう』はキツイね。ぼくの方が家に帰りたいよ。これで僕が「じゃ」って帰ったら大変だろうけどね・・・。でも、一人で歌って一人で水飲んで一人でしゃべって、何なんだろうって感じ。」 「青梅街道は思い出深い場所。新宿であるお店の女の子の用心棒をしていた時代があった。お小遣いをもらいながら。あー、何だか気持ちが落ち着かなくなってきちゃった。この照明が・・・」 13.唇をかみしめて (write&song吉田拓郎.1982) →広島弁の歌。ラストの「♪人が生きとるねー 人がおるんよねー」の「とるねー るんよねー」で声が詰まってる。聴こえない。どうしたのか。 MC 〜(拓郎、上の方を向き、手で目のあたりをぬぐうような仕草。感極まって泣いてるのか!?客席凍りつく) 「大変失礼しました。えー昨年は、ガンというものを告知され・・・。人生は何が起こるか分からないし、これから先もどうなるのか分からないんだけど、、、この照明が気に入らないんだな!」と力んだ感じで言った後、しゃがみこみ、靴紐を結ぶような仕草?(客席30列目からはそう見えた)客席は拓郎コールで沸くが、その後完全にしゃがみ込む。 このまま「朝陽がサン」の演奏開始。客席後方からは拓郎が泣き崩れている印象を受けたのだが・・・。 14.朝陽がサン(inst) →拓郎は座り込んだまま(胡座)フォークギターを抱えて、演奏に加わろうとするが・・・。立ち上がれず、歌えない。(この時、氷の入ったドリンクを首にかけていたらしい) 途中、コーラスの若子内さん(だったように見えた)が拓郎のそばに近づき、腰の抜けてしまった拓郎を抱えてステージ袖へ抱えていく(若子内ではなく、スタッフという説もある) 15.全部だきしめて(inst) →「全部だきしめて」も拓郎不在のまま演奏。「朝陽がサン」から1階席総立ちでステージを見守る。場内ザワザワ。「拓郎どうしちゃったんだ?」 21:00頃、スタッフがステージに上がり、 「ご心配をおかけしております、本人が貧血のため、ここで10分間の休憩をとらせていただきます。」 バックバンドが袖に引き揚げる。 (しかしサンプラザは暑かった!とにかく汗ダラダラだった。拓郎さんがスポットライトを嫌がってたのも、貧血の引き金の一つだったのだろうね!!) 拓郎のライブでこんなことは初めてだ。場内照明がつき、場内には開場後流れていたギターインストが流れる。 ステージ上ではスタンドマイクを撤収し、パイプ椅子と短いマイクをセットしている(扇風機もセットされたらしい)。座って歌うのか・・ 10分経っても、なかなか公演が再開されない。拓郎駄目なのかな。中止になったらどうしよう・・。 「まもなく、公演を再開いたします。」という女性のアナウンスが聞こえる。場内拓郎コール 21:20頃、客席が暗転し、ミュージシャン再登場。 やがて拓郎が登場。すこしラフな格好に(裸足にTシャツ?)。 MC 〜「どうもすいませんでした・・・えー、申し訳ありませんでした・・・。元々、座って歌っている吉田拓郎だったので、初心に戻って座って歌います」 16.朝陽がサン (write&song吉田拓郎.2001) →先ほどの「家へ帰ろう」ほどではないが、普通に声は出てる。 17.全部だきしめて (write康珍化/song吉田拓郎.1997) →振り付けが難しい?? MC 〜「どうもありがとう!なんかこうして座ってると元気なくなっちゃうね。でも、昔は座ってフォークソングを歌ってたんだから・・・」 (『♪喫茶店に彼女と二人で入って コーヒーを注文すること あヽそれが青春』・・・青春の詩をワンフレーズ弾き語り) 「さっき、運命は何が起こるかわからないって話をしたばっかだけど、ホントに分からないよね。去年ガンの手術をして、で、今日こんな事件が起こって。初めての体験をまた中野サンプラザでやってしまった。笑い話にしていいよ。みんないい記念になったね。天国への土産にしてください(笑)」 「座ったまんまで申し訳ないんだけど、メンバーを」(ミュージシャン紹介[1]) 18.人間の「い」 (write&song吉田拓郎.2003) MC 〜「瀬尾一三さんとは長い付き合いなんだけど、僕は3回結婚してるのに、瀬尾さんはまだ。どうなっちゃうんだろうねぇ。色々あったんだろうけど。なぁんて、(僕も今は)人のこと言ってる場合じゃないんだけどね。でも瀬尾さんのこと気になるなぁ。この際中野サンプラザで(結婚相手を)決めちゃおうか!?首締めたくなるような奥さんも居ないよりはマシ。蹴り入れたくなるようなダンナでも居ないよりはマシなんだし」 (ミュージシャン紹介[2]ストリングス) 19.いつか夜の雨が (write岡本おさみ/song吉田拓郎.1980) 20.旧友再会フォーエバーヤング (write&song吉田拓郎.1984) →「♪あー私のような 生き方も人生なんだと・・・」を2度繰り返す MC 〜(ミュージシャン紹介[3]コーラス、瀬尾)「14歳年の違う兄貴が大学時代にピアノを弾いていたのが僕の音楽への入口かと。僕はとても得な性格で。A型というのが。フォークに留めておくのは勿体ないくらいに明るいし。僕はA型だけど、AB型が苦手。今の奥さんがAB型でさ。今日来てないから言っちゃうけど・・・。AB型とはもう金輪際・・・!」 「いつまで歌えるのかは分からないが、これからも声が出る限り、ずっと曲を作ったり、演奏する人生を続けたい」(場内大拍手) 21.英雄 (write松本隆/song吉田拓郎.1978) →カッコイイ!ここ数年封印されていたオリジナルのアレンジがフルバンドの迫力で迫る 22.遥かなる (write石原信一/song吉田拓郎.1996) →これでもかというくらいにステージ上にスモークが焚かれる 23.まにあうかもしれない (write&song吉田拓郎.1972) 24.今日までそして明日から (write&song吉田拓郎.1971) →本編ラストの2曲は70年代を感じさせるフォークっぽいアレンジ。「今日まで・・・」の後奏では、拓郎立ち上がり、ギターを置いていつものように客席に長時間のお辞儀。拓郎のみ一旦袖へ。 普通だったらここで、バンドメンバーが袖へ引くが、今日はこのまま拓郎が再び登場。 スタッフがマイクをスタンド仕様に直す。拓郎が瀬尾と何か話している。このままアンコールへ。 25.人生を語らず (write&song吉田拓郎.1974) →再び立って熱唱。「♪越えていけそこを・・」は客席も合唱。後半、拓郎独特の四股を踏むようなポーズ 26.純情 (write阿久悠/song加藤和彦.1993) →調子が悪いのか、体力温存のためか、声を伸ばさない。短く切って歌っている。 27.旧友再会フォーエバーヤングagain (write&song吉田拓郎.1984) →「あーあなたのような生き方も・・・」から。本編の同曲と違い、ハイテンポ。拓郎ギターを置き、長いお辞儀後、袖へ。バックミュージシャンも袖へ引き、終演。時刻は22:30。 |